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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5767号 判決 1987年1月30日

原告

ダンナ・シング・ベインス

右訴訟代理人弁護士

渡辺征二郎

被告

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

田淵節也

右訴訟代理人弁護士

山田尚

主文

一  被告は原告に対し、金一七〇四万二二三九円及びこれに対する昭和五九年一〇月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五三四七万二三〇四円及びこれに対する昭和五九年一〇月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 被告は、証券業を営む株式会社であり、原告の間接代理人(問屋)として、原告のために株式売買に関する法律行為を行つていた者であり、訴外山田健介(以下「山田」という。)は、被告の新宿野村ビル支店(以下「ビル支店」という。)に勤務していた被告の従業員である。

(二) 原告は、インド国籍を有する投資家であり、ビル支店に口座を設けて取引をしていたが、現実の注文等はすべて同人の妻であるジャイ・コール・ベインス(以下「ジャイ・コール」という。)に代理権を付与して任せていた。なお、原告がビル支店に口座を開設するにいたつたのは、昭和五九年一月、突然、山田の訪問を受け、同人からビル支店と取引をするように強く勧誘されたことによる。

2  山田による無断売買

山田は、原告又はジャイ・コールからの注文がないのに、原告の名義及び計算において、別紙無断売買一覧表記載のとおり、債券、転換社債、株式の売買を行い、その結果生じた手数料・利息(信用売買について生ずる。)・売買差損などに相当する金員を原告の口座から引き落し、もつて、原告に右一覧表記載のとおり合計金五三四七万二三〇四円の損害を与えた。

3  被告の責任

(一) 債務不履行責任

原告は、被告に対して、昭和五九年三月五日、総合取引を申込み、ビル支店に口座を設けたが、これは、その後の継続的証券取引の基本契約たる性格を有するものというべきであり、被告は、これにより取次業務の受託者として原告の指図に忠実に従う義務を負うに至つたというべきところ、被告の履行補助者たる山田は、原告又は代理人ジャイ・コールの注文を受けていないのに前記のとおりの売買をしたのであり、従つて、これによつて生じた前記損害は、被告において賠償する責任がある。

(二) 民法第七〇九条、第七一五条の責任

前記のとおり、被告は、山田を雇傭するものであり、山田の前記行為は被告の事業の執行としてなされた違法なものであるから、これによつて生じた前記損害は被告において賠償すべきである。

(三) 不当利得返還義務

前記のとおり、原告は別紙無断売買一覧表記載の売買の注文をしていないのに、原告のビル支店の口座から差損額、手数料、利息などの名目で合計金五三四七万二三〇四円の金員が引き落され、同額の損害を被つたが、原告又は代理人ジャイ・コールからの注文がない以上、差損額及び取引税は本来被告において負担すべきものを免れたわけであるし、他は被告が収受すべきものでないから、被告は同額の利得をあげたというべきであり、被告は、原告に対して、不当利得返還義務を負わなければならない。

よつて、原告は、被告に対し、第一次的には債務不履行による損害賠償請求権に基づき、第二次的には民法第七〇九条、第七一五条による損害賠償請求権に基づき、第三次的には不当利得返還請求権に基づき、金五三四七万二三〇四円及び最終の損害発生の日の翌日である昭和五九年一〇月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2の事実のうち、原告主張の各売買を被告において執行したこと(但し、山田のみが注文を執行したわけではない。)、原告主張の各売買に伴う差損額、手数料、利息などの名目で原告主張の金員を原告の口座から引き落したことは認めるが、その余の主張は争う。

後記のとおり、右各売買については原告から各売買についての代理権を付与された同人の妻であるジャイ・コールから注文があつた。

3(一)  同3(一)の事実中、原告が被告に対して、昭和五九年三月五日に総合取引を申し込み、ビル支店に口座を設けたことは認めるが、その余の主張は争う。取引口座開設の合意は証券の売り付け又は買い付けの委託及び受託ではなく、原告又は代理人ジャイ・コールが被告に対して具体的な売り付け又は買い付けを委任し、被告がこれを受任して、はじめて被告が原告に対し忠実義務を負うに至るのである。従つて、無断売買の場合(注文がないとき)に債務不履行責任が生ずる余地はない。

(二)  請求の原因3(二)の主張は争う。

(三)  同3(三)の事実中、原告のビル支店の口座から合計五三四七万二三〇四円の金員が引き落されたとの事実は認めるが、その主張は争う。取引損については被告に利得が生じていないというべきである。

三  抗弁

1  原告からの委託の存在について

原告が無断売買と主張する売り付け及び買い付けのうち、昭和五九年四月一七日の三菱石油六万株の買い付け、同年一〇月一一日の三菱石油一一万八〇〇〇株の売り付け及び同年一〇月一七日の三菱石油六万株の売り付けを除く各取引については、次のとおり、原告の代理人である同人の妻ジャイ・コールから注文を受けて執行したものであり、その際、値段については一任されていたものである。

(一) 昭和五九年三月三〇日、被告の従業員である山田及び大楠俊治(以下、「大楠」という。)は、ジャイ・コールを通じて原告にGMAC債券の内容を説明してその買い付けを奨め、代理人ジャイ・コールからGMAC債券額面一〇万ドルの買い付けの委託を受けた。

(二) 山田は、同年四月四日、ジャイ・コールを通じて原告に大和真空工業所の公募新株の買い付けを奨め、翌五日、代理人ジャイ・コールから一〇〇〇株につきその申し込みを受けていたのであるが、その際同人から買い付けのために調達する資金四二〇万円については早い時期に引き出したい旨の申し出があつたことから、山田と大楠はGMAC債券額面五万ドル分の換金を奨め、その売り付けの委託を受けた。

(三) 山田は、同年四月一一日朝、ジャイ・コールを通じて原告に信用取引による三菱石油一五万株の買い付けと信用取引によつて買い付けてあつた鐘紡の株式残り一九万九〇〇〇株の売り付けを奨め、代理人ジャイ・コールからその買い付け及び売り付けの委託を受けた。なお、鐘紡の右売り付けについては、同日の前場において金三四八円の原告の指値による売り付けを行つたが、金三四七円の値が付いた後は値下りし、売却に至らなかつた。山田は、同日午後、代理人ジャイ・コールに対して前場の値動きの状況を連絡し、鐘紡の売り付けは一三万株に止どめ、売却を中止する鐘紡六万九〇〇〇株の代りに三菱石油五万株を売り付けることを奨め、その旨の委託を受けて執行したものである。

(四) 山田と大楠は、同年四月一一日、ジャイ・コールを通じて原告に丸紅の第二回転換社債の買い付けを奨め、代理人ジャイ・コールから額面二〇〇万円分について買い付けの委託を受けた。

(五) 山田は、同年四月二五日、ジャイ・コールを通じて原告にそれまでに買い付けてあつた三菱石油株とGMAC債券を売り付けて東京三洋株を買い付けることを奨め、代理人ジャイ・コールから三菱石油三万二〇〇〇株とGMAC債券額面五万ドル分の各売り付けと東京三洋二万五〇〇〇株の買い付けの委託を受けた。

(六) 大楠は、同年五月八日、ジャイ・コールを通じて原告から松下電器発行の転換社債の買い付けの希望があつたことから、翌九日、代理人ジャイ・コールにその資金を捻出するために前記丸紅転換社債の換金を奨め、その売り付けの委託も受けた。

(七) 大楠は、同年五月二九日、代理人ジャイ・コールから、東京三洋株を値動きのある他の銘柄に乗り換えたいとの申出があつたので、フォスター電機株の買い付けを奨め、東京三洋二万五〇〇〇株の売り付けとフォスター電機一万株の買い付けの委託を受けた。

2  昭和五九年四月一七日三菱石油六万株の買い付けについて

被告が原告の計算において信用取引により右日時に三菱石油六万株を一株につき金六二〇円で買い付けるについて、原告又はジャイ・コールからその旨の委託を得ていなかつたことは認めるが、昭和五九年四月一九日頃、原告は、右買い付けについて被告から原告に送付された売買報告書により右買い付けのあつたことを了知の上、代理人ジャイ・コールが、山田に対し、右買い付けを承認した。また、仮にそうでないにしても、後記4記載と同様の理由から黙示の追認があつたものというべきである。

3  昭和五九年一〇月一一日三菱石油一一万八〇〇〇株の売り付け及び同年一〇月一七日三菱石油六万株の売り付けについて

昭和五九年一〇月一一日の三菱石油一一万八〇〇〇株の売り付けは、原告が同年四月一一日に信用取引により買い付けた同銘柄一五万株の未決済分の売り付けであり、同年一〇月一七日の三菱石油六万株の売り付けは、原告が承認した同年四月一七日の信用取引による買い付けにかかる同銘柄六万株の売り付けである。

被告は、原告に対し、被告がその会員である東京証券取引所の受託契約準則(以下「受託契約準則」という。)に基づいて、右各買い付けにかかる買い付け代金を貸し付けたのであるが、原告は、右各買い付けの成立した日の六ケ月目の応当日までに、借り受けた買い付け代金を弁済して当該株券を引き取ることを申し出るか、当該株式を売り付けて信用取引を決済するかのいずれかを行うべきものであるところ、そのいずれも行わなかつた。この場合、被告は、受託契約準則の定めるところにより、信用取引を決済するために原告の計算において当該株式の売り付けを行うことができるのであつて、その売り付けについて原告の個別の委託があつたか否かに拘わりなく、当該売り付けは適法である。

4  右1、3項記載の各取引についての予備的抗弁

仮に1項記載の各取引につき原告からの委託がなく、従つて、1、3項記載の各取引が不適法であつたとしても、次の点で、少なくとも黙示の追認があつたものと認められるべきである。すなわち、原告の計算において被告が有価証券の買い付け及び売り付けを行つた場合には、各買い付け及び売り付けについて売買報告書が原告に送付されており、更に、被告は、月次報告書を原告に送付し、これについての回答を求めていたのであるが、原告は、昭和五九年四月一三日作成の月次報告書に対するものを除き、月次報告書の内容を何の留保もなく承認したのであり、これは追認に該当するものというべきである。また、原告と被告は、昭和五九年二月九日、原・被告間の取引について被告の保護預り約款第七条第一項第二号に定める月次報告書方式を採用する旨の合意をして覚書を交したが、右覚書3項において原告に月次報告書が交付された後、一五日以内に原告から被告に回答がなかつた場合には、被告は原告がその内容を承認したものとみなす旨の規定があるところ、原告は、昭和五九年四月一三日作成の月次報告書に対しては一五日以内に回答をしなかつたから、右月次報告書記載の各取引についても承認したものとみなされる。

従つて、原告は、1、3項記載の各取引についてすべて追認したものとみるべきである。

5  損害填補の予備的抗弁

仮に被告が賠償すべきものがあつたとしても、ビル支店営業次席の森山治彦と原告の間で、新規公開株、新規発行の転換社債を原告に優先的に割り当てることによつて、原告の損害を填補するという合意があり、これに基づいて被告は松下の転換社債、ノーリツの株式、SDSバイオテックの株式、第一精工の株式を原告に割り当てて合計金三四九万四七五九円の利益を原告にもたらしたから、この限度において原告の損害は填補されたというべきである。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)、(二)の事実は否認する。

(二)  同1(三)の事実中、昭和五九年四月一一日朝、山田が原告の妻ジャイ・コールを通じて原告に対して信用取引による三菱石油五万株の買い付けと信用取引による鐘紡株の買い付け分の残り九万ないし一〇万株の売り付けを奨めたこと、代理人ジャイ・コールが被告にその買い付け及び売り付けを委託したことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、鐘紡については一株金三三五円で売るという指値の条件がついていたし、右の三菱石油の買いは、当初から資金上、鐘紡株から乗り換えるという条件がついており、まず、鐘紡株の売り注文を先に出して売れたことを確認してから三菱石油株へ買い注文を出すべきである。ところが、被告は、鐘紡株が売れないうちに、当日の午前九時五分に三菱石油一五万株の売買を成立せしめてしまつたのであり、買いの注文についていた条件が成就しないうちになされたものであるから、これは無断売買と評価すべきものである。

(三)  同1(四)、(五)の事実は否認する。

(四)  同1(六)の事実のうち、丸紅転換社債の売り付けについて同意したこと、(七)の事実のうち、東京三洋株の売り付け及びフォスター電機株の買い付けに同意したことは認めるが、その趣旨は争い、その余の事実は否認する。無断売買であつても、とにかく顧客の口座に建玉が存在する以上、その排除に顧客が協力することは当然であり、そのための売却に同意を与えることは当然である。

2  抗弁2の事実は否認する。原告は、売買報告書で無断売買を知るや直ちに異議を申し立てているのであり、月次報告書に対する回答書に署名捺印したからといつても、それは、被告側の「公募株で埋め合わせる。弁償する。」などとの言を信じたためであり、これをもつて追認があつたということはできない。

3  抗弁3の主張は争う。

4  抗弁4の事実は認めるが、その主張は争う。原告が月次報告書に対する回答書を留保をつけないまま送付したとしても、これを追認に該当するものといえないことは右2に主張したとおりである。

5  抗弁5の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。従つて、以下においては、ジャイ・コールがなした行為は原告を代理してなしたものであるということを前提とする。

二山田による無断売買の事実(請求の原因2の事実及び抗弁1、3の事実)について

1  売買に至る経過

<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

原告は、昭和五八年一月ころ、被告の横浜西口支店と取引していたが、ビル支店の山田の強い勧誘を受けてビル支店に口座を開設して総合取引をすることにした。そして、原告は、昭和五九年二月八日に信用取引口座設定約諾書を被告に差し入れ、また、翌九日、被告との間で、原・被告間の取引については、被告の保護預り約款第七条第一項第二号に定める月次報告書方式を採用する旨の合意(乙第三号証の一の「覚書」)をし、更に、取引開始後である同年三月五日には被告の総合取引約款に基づく保護預り及び取引を申し込むに至つた(乙第一号証の一)。

2  GMAC債券の売買について

(一)  山田による売買の執行について

請求の原因2の事実のうち、被告において、原告の名義及び計算で、昭和五九年三月三〇日にGMAC債券(ゼロ・クーポン債であり、ゼロ・クーポン債とは海外で発行されている民間企業の割引債を意味する。この事実は、当裁判所に顕著である。)額面金一〇万ドル分を単価金一〇〇ドルにつき金三九・二五ドルで合計金八八三万一二五〇円で買い付けたこと、同年四月五日に右買い付けたもののうち金五万ドル分を単価金一〇〇ドルにつき金三七ドル、合計金四一四万四〇〇〇円で売り付け、これによつて、原告の口座から差損分である金二七万一六二五円及びそれに伴い賦課された取引税分の金一八六四円の合計額の金員が被告によつて引き落されたこと、同年四月二五日にGMAC債券の残りの金五万ドル分を単価金一〇〇ドルにつき金三六・五〇ドル、合計金四一〇万〇七七五円で売り付け、これによつて、原告の口座から差損分として金三一万四八五〇円及びそれに伴い賦課された取引税分一八四五円の合計額の金員が被告によつて引き落されたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右の各売買の執行には山田が当つたことが認められる。なお、証人山田及び証人大楠俊治(以下、「証人大楠」という。)の供述中には、大楠も執行に当つたかのように受けとれる部分もあるが、これらの供述部分は措信できない。

(二)  (一)の売買について原告の委託があつたかどうかについて

イ 三月三〇日の買い付けについて

証人大楠は、昭和五九年三月三〇日にGMAC債券についてジャイ・コールに説明したことがあると供述し、証人山田もGMAC債券金一〇万ドル分の買い付けは同人と大楠が奨めたものであり、利回りなどについては大楠が説明していたこと、そしてジャイ・コールから買い付けの注文があつた旨の供述をする。しかし、証人大楠は、同人がジャイ・コールから直接注文を受けたと供述しているわけではなく、たんに説明したとだけ供述しているにすぎない。また、証人ジャイ・コールは、証人山田の供述とは反対に、そのような注文はしたことがなく、右の買い付けのことはその二、三日後に売買報告書(甲第二号証の三)を見てはじめて知り、山田に電話で抗議したところ、山田は「絶対儲かりますから買つておきました。」と言つていたと供述しているのである。従つて、証人山田の右供述のみをもつて右買い付けの委託があつたと認めることはできない。

かえつて、<証拠>によれば、ビル支店の営業次席である森山治彦(以下「森山」という。)が昭和五九年五月四日に原告宅を訪問したところ、原告側から、三菱石油六万株の買い付け(四月一七日の単価金六二〇円のもの)、東京三洋の買い付け、丸紅転換社債の買い付け、GMAC債券の売買がそれぞれ無断であつたと抗議されたこと、森山が同年五月七日に原告の苦情を処理するために原告宅を訪問した際に、GMAC債券が山田による無断売買であることを前提としてその処理を話し合つたことが認められるのである。この点につき、証人森山は、山田による無断売買は四月一七日の三菱石油六万株の買い付けのみであつたが、本社に知られずに穏便に処理するため、原告の主張を受け入れたと供述するが、この供述は不自然であつて措信できない。

そうすると、右の証人ジャイ・コールの供述のとおり、ジャイ・コールは山田に右債券の買い付けの注文をしていなかつたものと認めるのが相当である。

ロ 四月五日の売り付けについて

証人大楠及び同山田は、昭和五九年四月五日のGMAC債券の売り付けについては、ジャイ・コールとの間で次のような経緯があつたと供述している。すなわち、原告が大和真空工業所株を買うためにビル支店の口座に入金した金七二〇万二〇〇〇円の金員のうち金四二〇万円については、使途が決まつているので早く口座から引き出したいという原告側の希望があり、そこで、GMAC債券を売ろうという話になつたのであり、従つて、ジャイ・コールから右の売り付けの委託を受けていたと右の証人らは供述している。

しかし、<証拠>によれば、原告が昭和五九年四月五日にGMAC債券金五万ドル分を合計金四一四万四〇〇〇円で売つたこと(受渡日は四月一〇日であるが、受渡日がどのようにして定められたものかは不明である。)、原告が同年四月六日に大和真空工業所一〇〇〇株を合計金七二〇万二〇〇〇円で買つたこと(受渡日は四月九日である。)、原告が四月七日にビル支店の口座に一〇八万〇一〇〇円と金四二〇万円の二回にわたつて購入資金を振り込んだこと、ジャイ・コールはそのうち金四二〇万円については早く引き出したいと大楠や山田に言つていたこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、原告が金四二〇万円の資金を早く引き出したいと考えていたことは証人山田及び同大楠の供述するとおりであるが、GMAC債券の売り付けの注文は、大和真空工業所株の買い付けの注文の前日かつ資金振り込みの二日前になされているのであるから、金四二〇万円の資金を引き出すためにGMAC債券の売り付けがなされたとは認め難く、証人山田及び同大楠の前記各供述部分は措信し難い。

従つて、四月五日のGMAC債券の売り付けついてジャイ・コールが山田に委託をしたと認めることはできず、かえつて、証人ジャイ・コールの証言によれば、ジャイ・コールは四月五日のGMAC債券の売り付けについては売買報告書が送付されてきてはじめて知つたこと、そこで山田に電話して「損をして売つている。」との抗議をしたところ、山田は謝罪した上損失分については公募株などで埋め合わせると言つたことなどの事実を認めることができるのである。

ハ 四月二五日の売り付けについて

証人山田は、四月二五日の売り付けについて原告又はジャイ・コールから東京三洋の買い付けと一括して委託があつたと供述するが、この供述は後記4(二)記載のとおり措信できず、他に委託の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  丸紅転換社債について

(一)  山田らによる売買の執行について

請求の原因2の事実のうち、被告において原告の名義と計算において昭和五九年四月一一日に丸紅転換社債額面金二〇〇万円分を現物で合計金二八四万二〇〇〇円で買い付けたこと、その際、経過利子として金六〇三一円を支払つたこと、同年五月九日に右買い付け分を合計金二八二万三〇〇〇円で売り付けたこと、その結果、差損が金一万八〇〇〇円生じ、また、四月一一日買い付け分の委託手数料として金二万八四二〇円が、五月九日の売り付け分の委託手数料として金二万八二四〇円がそれぞれ原告の口座から引き落され、他方、利子として金一万六五八七円が入金となつたため(その結果、前記の支払利子との差額金一万〇五五六円が利得となる。)、結局、原告の口座において、金六万五三七四円の損失が生じたことは、それぞれ当事者間に争いがない。また、<証拠>によれば、右買い付けの執行に当つたのは山田であり、右売り付けの執行に当つたのは大楠であると認められ、これに反する証拠はない。

(二)  (一)の売買について原告の委託があつたかどうかについて

イ 四月一一日の買い付けについて

証人山田は、四月一一日の丸紅転換社債の買い付けはジャイ・コールの注文を執行したものであると供述しているが、この供述は、前掲甲第一号証及び証人ジャイ・コールの証言に照らし措信できない。すなわち、証人ジャイ・コールの証言によれば、ジャイ・コールは、昭和五九年四月一三日ころに売買報告書が送付されてきてはじめて四月一一日の丸紅転換社債の買い付けの事実を発見し、山田に電話したところ、山田は「安いのがあつたから買つておきました。」と応答したことが認められ、更に前掲甲第一号証によれば、森山が同年五月七日に原告宅を訪問した際、山田が無断売買したものとして丸紅転換社債を挙げていたことが認められ、また、この間の経緯についての証人森山の供述が措信できないことは前記2(二)イのとおりであるから、証人山田の右の供述は措信できない。

ロ 五月九日の売り付けについて

抗弁1(六)の事実のうち、丸紅転換社債の売り付けの委託があつたことは当事者間に争いがなく、これに<証拠>を総合すれば、昭和五九年五月九日の丸紅転換社債の売り付けについては、ジャイ・コールと大楠が相談の上、売り付けたことが認められ(これを委託と評価すべきかは、後記三で判断する右転換社債の買い付けについての追認の成否による。)、これに反する証拠はない。

4  四月二五日の東京三洋二万五〇〇〇株の買い付け及び売り付けについて

(一)  山田らによる売買の執行について

請求の原因2の事実のうち、被告において原告の名義及び計算において、昭和五九年四月二五日に東京三洋二万五〇〇〇株を単価金八一五円合計二〇三七万五〇〇〇円で買い付けたこと、同年五月二九日に右株式を金単価七〇〇円合計金一七五〇万円で売り付けたこと、その結果、差損が金二八七万五〇〇〇円生じ、また、四月二五日の買い付けについては金一七万二八一二円の委託手数料、五月二七日の売り付けについては金一五万一二五〇円の委託手数料及び金九万六二五〇円の取引税がそれぞれ原告の口座から引き落され、結局、原告の口座において金三二九万五三一二円の損失が生じたことは当事者間に争いがない。また、証人山田の証言によれば、四月二五日の買い付けの執行に当つたのは山田であり、証人ジャイ・コールの証言によれば、五月二九日の売り付けの執行に当つたのは森山であると認められ、これに反する証拠はない。

(二)  (一)の売買について原告の委託があつたかどうかについて

イ 四月二五日の買い付けについて

証人山田は、右買い付けについてジャイ・コールから注文を受けたものであり、四月二八日に原告とジャイ・コールがビル支店に来訪した際にも東京三洋の株価のことが話題になつたが、無断売買であるとの抗議はなかつた旨の供述をし、証人大楠は、山田は三菱石油株(現物)とGMAC債券を東京三洋株に乗り換えるように奨めたところ、ジャイ・コールはこれに応じて約定したこと、後にジャイ・コールからクレームがきたがその内容は同じ四月二五日に単価金五五六円で売り付けた三菱石油の現物三二〇〇〇株が前に単価金五五〇円ぐらいで買い付けた同銘柄のであるのに、四月一一日に一株六〇五円で買つた分であると誤信し一株金五五六円で売れば損が出るではないかというものであつたことなどと供述している。

しかし、証人大楠は同人自身が注文を受けたとまでは供述しておらず、同人の右供述はむしろ山田からの伝聞に基づくものと推認されるし、また、証人ジャイ・コールの次のような供述や前掲甲第一号証に照らすと証人山田の供述のみをもつてしては原告からの委託の事実を認めるには充分ではないというべきである。すなわち、証人ジャイ・コールは、四月二五日の三菱石油三万二〇〇〇株、GMAC債券金五万ドル分の各売り付け及び東京三洋株の買い付けのことは事前に知らず、売買報告書がきてからはじめて知り、山田に電話をしたところ、山田は三菱石油株を沢山買いすぎたので危険を分散するために東京三洋株を買つたと言つたので抗議したと供述しているし、更に、前掲甲第一号証によれば、森山が昭和五九年五月七日に原告宅を訪問した際、東京三洋株については山田の無断売買によるものであることを認めていたものと認定でき、そうすると、むしろ四月二五日の東京三洋の買い付けについては原告又はジャイ・コールからの委託はなかつたことが認められるのである。

ロ 五月二九日の売り付けについて

抗弁1(七)の事実のうち、東京三洋株の売り付け及びフォスター電機株の買い付けについて委託があつたことは当事者間に争いがなく、これに証人ジャイ・コールの証言を総合すれば、五月二九日の東京三洋株の売り付けについては、森山が損を取り戻すにはフォスター電機株に乗り換えたほうがよいと奨めたので、ジャイ・コールもこれに同意したことが認められ(これを委託と評価すべきかは後記三で判断する右東京三洋株の買い付けについての追認の成否による。)、これに反する証拠はない。

5  四月一一日の三菱石油一五万株(単価金六〇五円)の買い付け及びその売り付けについて

(一)  請求の原因2の事実のうち、被告において原告の名義及び計算において、信用取引で、昭和五九年四月一一日に三菱石油一五万株を単価金六〇五円で買い付けたこと、その委託手数料は金五九万九一二五円であつたこと、同年四月一七日にはそのうち三万二〇〇〇株について現引し、その際の委託手数料が金一三万二一六〇円、利息が金二万一八七九円であつたこと、同年四月二五日には右現引にかかる三菱石油三万二〇〇〇株を単価金五五六円合計金一七七九万二〇〇〇円で売り付けたこと、その際の委託手数料が金一五万三四四〇円、取引税が金九万七八五六円であつたこと、同年一〇月一一日には残余の三菱石油株のうち五〇〇〇株を単価金三七八円で売り付けたこと、それによる差損額は金一一三万五〇〇〇円であり、委託手数料が金三万五〇六〇円、取引税が金一万〇三九五円、名義書換料が金七五〇円、利息が金一二万五八〇六円であつたこと、右同日に残余の三菱石油一一万三〇〇〇株を単価金三七七円で売り付けたこと、それによる差損額は金二五七六万四〇〇〇円であり、委託手数料が金七九万一四七一円(四月一一日の買い付けのときの委託手数料を合算したもの)、取引税が金二三万四三〇五円、名義書換料が金一万六九五〇円、管理費が金五〇〇〇円、利息が金二八四万三二三四円であつたこと、結局、四月一一日買い付けの三菱石油の株について原告の口座において生じた損失は別紙無断売買一覧表の当該損益欄記載のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。<証拠>によれば、四月一一日の買い付けについては、大楠及び山田が共同して執行に当つたこと、四月一七日の現引については山田が執行に当つたこと、四月二五日の売り付けについても山田が執行に当つたこと、一〇月一一日の各売り付けについては受託契約準則に基づき四月一一日の信用取引を決済するために原告の計算において被告が売り付けを行なつたものであること、すなわち、受託契約準則第一三条の五によれば東京証券取引所の会員(本件においては被告)が信用取引による買い付け代金を貸し付けた場合、顧客は買い付けの成立した日の六ケ月後の応当日から起算して四日目の日までに弁済しなければならず、そのため、決済に必要な日数を考えると買い付けの成立した日の六ケ月目の応当日までに借り受けた買い付け代金を弁済して当該株式の株券を引き取ること(現引)を申し出るか、当該株式を売り付けて信用取引を決済するかのいずれかを行うべきものであること、顧客がこれを怠つたときは受託契約準則第一三条の九により、会員は信用取引を決済するために顧客の計算において当該株式の売り付けを行うことができること、以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  (一)の売買について原告の委託があつたかどうかについて

イ 四月一一日の買い付けについて

<証拠>によれば、昭和五九年四月一一日午前九時前に、山田と大楠は、ジャイ・コールに電話し、三菱石油一五万株の買い付けとそのための鐘紡の株式(原告が信用取引で買い付けてあつたもの)の売り付け(いわゆる乗り換え)を奨め、鐘紡の株の方は大体手数料損程度で済むと説明したところ、ジャイ・コールは、はじめ渋つていたが、やがてこれに同意し、山田に鐘紡株の売り付けと三菱石油株の買い付けを委託し、その際、鐘紡株の指値は金三四八円ということにしたこと、そして大楠は、同日午前九時二分ころ、被告の本社株式部に三菱石油一五万株の買い付けの発注をしたこと、ところが、他方、同日午前中の鐘紡の株価は予想よりも低く、ジャイ・コールの指値では売り付けることはできず、そこで、午後になつて、山田は、原告又はジャイ・コールの承諾を得ることなく、鐘紡株の指値を変更し、かつ株数を一三万株にするとともに、三菱石油六万株(四月一〇日に信用取引で買い付けておいたものであり、この買い付けをジャイ・コールは知らなかつたが、この売買によつて原告は損失を蒙つていないので本件では問題とされていない。)を売り付けたこと、この売り付けは四月一一日の三菱石油一五万株の買い付けが信用取引であつて、信用取引は担保を必要とするため担保の枠をあけるためのものであつたこと、四月一一日の夕方、山田はジャイ・コールに電話して鐘紡株を指値より低く売り付けたこと(六万株については単価金三二四円、七万株については単価金三二五円)について報告したこと、以上の事実を認めることができる。

これに対し、証人ジャイ・コールは、まず、四月一一日の三菱石油株の買い付けは、五万株につき委託したにすぎず、一〇万株については完全な無断売買であると供述しているが、この供述は前掲甲第一号証に照らして措信できない。すなわち、甲第一号証(特にその一〇丁裏)によれば、森山が昭和五九年五月七日に山田による無断売買について話し合うために原告宅を訪問した際、森山が四月一一日買い付けの三菱石油株の残りの一一万八〇〇〇株についてはジャイ・コールの承諾を得て買い付けたものであることを前提に話をしているのに、ジャイ・コールはそのことに何ら異議を唱えなかつたことが認められ、また、同年五月八日に森山が再度原告宅を訪問した際、ジャイ・コールは、単価金六〇五円で買い付けたもののうち、三万二〇〇〇株を四月二五日に単価金五五六円で売り付けたのは原告に無断でなされたものであること、また、鐘紡株は一九万九〇〇〇株全部を売り付けるとは聞いていなかつたことなどについてクレームを述べたにすぎないと認められるから、したがつて、ジャイ・コールの右供述部分は措信できないというべきである。次に、証人山田は、四月一一日の前場において鐘紡を金三四八円の指値で売り付けることができなかつたので、後場に入る前に、ジャイ・コールに電話して、鐘紡の売り付けの指値の変更を求めるとともに、鐘紡の売り付け株数を一三万株とし、また、四月一〇日買い付けの三菱石油株を売り付けることを求め、それぞれにつきジャイ・コールの了解を得たと供述するが、この点につき、証人ジャイ・コールは反対の供述をしているし、更に三菱石油株の値上りを期待して一五万株も買い付ける一方で五万株を売り付けるということは不合理であり(三菱石油五万株を売り付けなくとも別の担保を入れるなどの方法がある。)、かかる事態をジャイ・コールが承諾したと見ることには無理があり、証人山田の右供述部分は措信できないというほかない。

ロ  乗り換えの注文の法的性格について

右認定によれば、四月一一日の鐘紡株の売り付けの注文については指値より安く売り付けているし、かつ、三菱石油株を先に買い付けていることになるが、三菱石油一五万株の買い付けそれ自体については委託があるのだから、これを無断売買ということはできないと解される。但し、鐘紡株の右売り付けについては商法五五四条の問題が生じ得るし、その結果、鐘紡株につき指値と売り値の差額を請求し得ることもあるし、あるいは鐘紡株の売り付け全部を無断売買とみなし得ることもあるし、更に、三菱石油一五万株の買い付け代金(信用取引の場合には担保)を提出することを猶予するように求めることもできると解される。しかし、三菱石油株の買い付けの注文自体に条件が付されているとまでは考えられないというべきである。

ハ 四月一七日の現引について四月一七日の現引について委託があつたことを認めるに足りる証拠はなく、後記6の認定事実からすると原告に無断でなされたものと認められる。

ニ 四月二五日の売り付けについて

証人山田は四月二五日の売り付けについては東京三洋株の買い付けと一括してジャイ・コールから委託を受けたと供述するが、東京三洋株についての買い付けの委託の事実を認めることができないことは4(二)に説示したとおりであるから、証人山田の右供述は措信できず、四月二五日の売り付けについての承諾も認めることはできない。

ホ 右によれば、四月一七日の現引と四月二五日の売り付けは無断売買というべきであるが、これによる損害を算定する場合、当該無断売買がなかつたときの財産状態との比較によるべきところ、右の場合には無断売買がなければ信用取引による三菱石油株の買い付け残についてどれくらいの利息が生じていたか、何時処分されていたと推測するのが合理的かなどの点を証拠により判定することは困難であるし、その後三菱石油株は値下りしていつたとすると無断売買によつて却つて損害を回避したということも考えられるから、右無断売買による損害は算定不能というべきである。

6  四月一七日の三菱石油六万株(単価金六二〇円)の買い付け及びその売り付けについて

請求の原因2の事実のうち、原告の名義及び計算で信用取引により、山田において、昭和五九年四月一七日に三菱石油六万株を単価金六二〇円で買い付けたこと、その委託手数料は金二九万一八〇〇円であつたこと、被告において同年一〇月一七日に右六万株を単価金三八〇円で売り付けたこと、それによる差損額は金一四四〇万円であり、委託手数料が金四八万二八〇〇円(但し、買い付けのときの委託手数料が合算されたもの)、取引税が金一二万五四〇〇円、名義書換料が金九〇〇〇円、管理費が金五〇〇〇円、利息が金一五六万三九二八円であつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、一〇月一七日の売り付けは、一〇月一一日の分と同様に、受託契約準則第一三条の五、第一三条の九を根拠としてなされたものであると認められる(もとより、四月一七日の買い付けは無断売買であるから、追認が認められなければ、一〇月一一日の売り付けについても原告に対して効力が生ずることはない。)。

三原告又はジャイ・コールによる追認の事実(抗弁2、4の事実)について

1  抗弁2の事実のうち明示の追認の主張につき判断するに、これを認めるに足る証拠はない。

2  抗弁2の事実のうちの黙示の追認の主張及び抗弁4の事実について判断する。

(一)  売買報告書、月次報告書、回答書について

<証拠>によれば、昭和五九年二月九日付けで当事者間で交された覚書(乙第三号証の一)には、原告に月次報告書が交付された後、一五日以内に原告から被告に回答がなされなかつた場合は被告は原告がその内容を承認したものとみなす旨の定めがあること、本件各取引についての売買報告書は大体取引の二、三日後に送付されてきたこと、毎月二回月次報告書が送付されてきたこと、被告は原告に対して昭和五九年三月三一日付けの月次報告書をそのころ送付したが、それには三月三〇日のGMAC債券の買い付けが記載されていたこと、これに対して原告は昭和五九年四月七日ころに回答書を被告に交付したが(何時、誰に交付したかは証拠上明かでない。)、この回答書には右の月次報告書の内容に相違ないとの記載があること、被告は原告に対して昭和五九年四月一三日付けの月次報告書をそのころ送付したが、それには四月五日のGMAC債券の売り付け、四月一一日の丸紅転換社債の買い付け、四月一一日の三菱石油株の買い付けが記載されていたこと、原告はこれに対して回答書を送付しなかつたこと、被告は原告に対して昭和五九年四月二八日付けの月次報告書をそのころ送付したが、それには四月一一日の三菱石油株の買い付け、四月一七日の現引(四月一一日に買い付けたもののうち三万二〇〇〇株についてのもの)、四月一七日の三菱石油株の買い付け、四月二五日の三菱石油株の売り付け(現引したものの売り付け)、四月二五日の東京三洋株の買い付け、四月二五日のGMAC債券の売り付けが記載されていること、これに対して原告はすぐには回答書を送付せず、昭和五九年五月一〇日ころになつて送付したこと、以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(二)  右認定事実を前提として追認の成否について検討する。

イ 三月三一日付けの月次報告書に対する回答書について

<証拠>によれば、ジャイ・コールは三月三〇日のGMAC債券の買い付けのことを二、三日後に送付されてきた売買報告書ではじめて知つたこと、そこで山田に電話で抗議したところ、山田は「儲かりますから買つておきました。」と返答したこと、四月五日のGMAC債券の売り付けはその二、三日後に送付されてきた売買報告書ではじめて知つたこと、そこでジャイ・コールは山田に対し「損をして売つている。」と抗議したこと、山田はこれに対して公募株などで損の埋め合わせをすると答えたこと、そこでジャイ・コールは回答書を送付したことが認められ、これに反する証人山田の供述は措信できない。そして、いずれのときにもジャイ・コールが最後まで山田の責任を追及したとの供述はない。従つて、ジャイ・コールは、GMAC債券又は公募株で儲かれば無断売買については不問に付そうと考えていたもの推認できる。しかし、無断売買の場合に追認が認められるためには、顧客が自己のおかれた法的地位を充分に理解した上で真意に基づいて当該売買の損益が自己に帰属することを承認したことを要するというべきであり、真意に基づいたものというためには何らの利益誘導がなされていなかったことも必要であるというべきである。ところが、右認定によれば、ジャイ・コールは山田の言を信じて公募株で損を埋めてもらえるという前提で四月七日付けの回答書を作成したものであるから、これをもつて追認にあたるということはできない。そして、回答書に月次報告書の内容を確認する旨の記載があつても、これに追認の性格を認めることはできない。

ロ 四月一三日付けの月次報告書の送付と回答書の不送付について

前記認定によれば、原告は右月次報告書が交付されてから一五日以内に回答書を送付しなかつたわけであるが、右月次報告書に記載されている取引のうち、四月五日のGMAC債券の売り付けについては、右イにおいて認定したようにジャイ・コールは売買報告書が送付されてきてすぐに山田に抗議したのであり、また、四月一一日の丸紅転換社債については、前記二3(二)イにおいて認定したように、ジャイ・コールはここでも売買報告書が送付されてすぐに山田に抗議したのであつて、被告に対して何ら回答しなかつたわけではないから、覚書(乙第三号証の一)の3項を適用して原告が承認したものとみなすことはできないというべきである。

ハ 四月二八日付けの月次報告書に対する回答書について

<証拠>によれば、森山は、昭和五九年五月七日及び八日、山田による無断売買に関する原告のクレームについて話し合うために原告宅を訪れたが、その際、森山は、四月一一日買い付けの三菱石油一五万株以外は山田が無断で買い付けたものであることを認めた上で、原告に対し、山田の将来のことを考えて本社に知られないように穏便に処理したいこと、そのために無断売買にかかる株式をすべて売り付けた上、その結果生じた損失については新規公開株や新規発行の転換社債を原告に割り当てることにより埋め合わせたいことなどを申し入れたことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、原告は被告のビル支店において損失を埋め合わせてくれるという前提で右回答書を作成したものと推認できる。そうであれば、原告はなお損害賠償請求権を行使する意思を有していたわけだから、右回答書の交付をもつて損害賠償請求権の放棄ともいうべき追認に該当するものとは到底いえない。

ニ なお、抗弁1(六)、(七)の事実について説示したところによれば、原告は山田の無断売買により取得した形になつていた株式についての売り付け(五月九日の丸紅転換社債の売り付け、五月二九日の東京三洋株の売り付け)に承諾を与えているが、右に認定した森山の申出の内容を考えると、これは原告が被告側の事後処理に協力したにすぎないものというべきである。

ホ 以上によれば、いずれの売買についても追認を認めることはできない。

四被告の責任

1 前記二1の認定を前提として請求の原因3(一)の主張について判断するに、原告がビル支店に口座を設け、信用取引口座設定約諾書を交付したとしても、これによつてただちに被告が原告の間接代理人たる地位につき、一般的な忠実義務を負うに至るものとは考えられず、具体的な注文を待つてはじめてそのような義務を負うに至るものと解するのが相当である。しかしながら、口座の設定契約がなされたときは、被告は、この口座を原告の注文による取引の決済にのみ用いるべき義務を負うものと解され、被告の従業員の無断売買によつて原告の口座において損害が生じたときは、右契約上の義務の不履行にあたるからその損害を賠償すべきである。従つて、請求の原因3(二)、(三)については判断するまでもない。

2 山田が被告の従業員であることは当事者間に争いがなく、山田は被告の履行補助者に当たるというべきである。そして、前記認定によれば、GMAC債券の売買、丸紅転換社債の買い付け、四月一七日の三菱石油六万株の買い付け、四月二五日の東京三洋株の買い付けについては、山田が無断でなしたものであり、また、四月一七日に買い付けた右三菱石油六万株の一〇月一七日の売り付けについては受託契約準則の適用がないことは当然であるから、被告は、これらの売買によつて原告の口座に生じた損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。しかしながら、四月一七日の三菱石油三万二〇〇〇株の現引、四月二五日の三菱石油三万二〇〇〇株(右現引にかかるもの)売り付けについても右同様に山田が無断でなしたものではあるが、それによる損害の算定は不可能であることは前記二5(二)ホで説示したとおりである。

五損害

1  山田の無断売買による損害額は、別紙無断売買一覧表のナンバー3、5、12、14の各損益欄記載の金額の合計額である金二〇五三万六九九八円であると認められる。

2  抗弁5の事実は当事者間に争いがなく、従つて、金三四九万四七五九円を右合計額から控除すると、被告が賠償すべき金額は金一七〇四万二二三九円であると認められる。

六以上によれば、原告の本訴請求は金一七〇四万二二三九円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根本 久 裁判官飯島悟 裁判官齊木敏文)

別紙 無断売買一覧表

ダンナ、シング、ベインス

No.

日付

銘柄

売買区別

数量

単価

手数料

金利

(支払分)

取引税

損益

1

59′3/30

G,M,A,C

100,000

39.25

2

4/5

50,000

37.00

1,864

3

4/25

50,000

36.50

1,845

△590,184

4

4/11

丸紅転社

2,000,000

142.10

28,420

6,031

5

5/9

2,000,000

141.20

28,240

1,270

利子1万6587

△65,374

6

4/11

三菱石油

150,000

605

※599,125

7

4/17

6の1部現引

32,000

605

132,160

21,879

8

4/25

7の売

32,000

556

153,440

21,879

97,856

△1,973,335

9

10/11

6の残部売

5,000

378

名義書換料

750

35,060

125,806

10,395

1,307,011

10

113,000

377

名義書換料

16,950

管理費

5,000

791,471

2,843,234

234,305

△29,654,960

11

4/17

60,000

620

※291,800

12

10/17

60,000

380

名義書換料

9,000

管理費

5,000

482,800

1,563,928

125,400

△16,586,128

13

4/25

東京三洋

25,000

815

172,812

14

5/29

25,000

700

151,250

96,250

△3,295,312

△53,472,304

※信用取引の買いの手数料は、売却したときに売りの手数料に合算され、控除される。

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